痛ましい事件。
秋葉原だから尚、よそ事でない気がするし、凄惨な事件とは無縁な場所という印象があるため、ひどく気持ちが悪い。
無差別て。
「誰でもよかった」て。
被害者に理由がない、すごく気分が悪いことだ。
救いがない。
無作為で、運で死んでしまう。俺だったかもしれない。
ほんとに気分が悪い。
世の中には、社会の閉塞感を引き連れて生きている人が、山ほどいる。
生きてるのが厭になるなんて、正直ありふれてると思う。
(俺は違うよぉ?!)
そんな連中が何百、何千、何万といて、だれかに魔が差してしまう。
恐ろしい、悲しい、現代の病気だ。
以下の小説のフレーズを思い出した。主人公御手洗清が、田舎から上京してきた心優しき少年を、少年が一度行ってみたいと言っていた東京タワーに連れて行く。そこで東京の街を見下ろしながら言うのだ。
「この光の底に、何千と言う孤独な魂が棲んでいる。
だが彼らの周囲にいる数えきれないほどの良識ある人々は、自分が生き延びていくことに忙しく、彼らの魂をいやすなどという非常識なことには、少しも思いがいたらないでいるのだ」
(略)
「ここも同じだ。あの光のひとつひとつが照らす場所に、それぞれの人間の生活がある。今夜、百万ものケーキにみなが向かい合っているだろう。しかし、ケーキなどとは無縁の場所で、悲鳴をあげている者もいる。ぼくらの耳が貧弱だから、その声が聴けないだけだ。
この下に、狼がいれば野犬もいる。蛇やトカゲもいれば、さまざまなバイ菌もいる。そんな連中が、あやういところでどうにかバランスしているんだ。ちょっとそいつがくずれれば、たちまち事件が起こる。僕らよそ者には迷路にしか見えないこの得体の知れないジャングルにも、生き延びていく者たちはちゃんと自分の道を持っている。
綺麗な屋根にごまかされてはいけない。樹海の緑の屋根の下で何が行われているか、ぼくらには見当もつかない」
「これは、われわれの足元に広がる樹海都市だ。美しい光で装われてはいるが、あれは身を隠す【うろこ】にすぎない。その下では、たった数メートル四方の単位で生活空槓が隣り合い、利害がしのぎをけずっている。かく言うぼくも、君も、狼か子リスか、そいつは解らないが、明らかにこの世界の住人なんだ」
島田荘司『島田荘司 very BEST 10「数字錠」』講談社BOX、2007、62頁