「空の境界 第六章 忘却録音」
見てきた。
休日出勤の前にわざわざ池袋まで行き、整理券を確保。77番。
昼飯として池袋大勝軒食べてから出勤。
仕事終わってから池袋に行って映画鑑賞。
詳細はつづきに。ネタバレありにつき隔離。ただ、小説を読み返す必要はあるなぁと思った。
上映は21:45から1時間ほど。急いで池袋ラーメン二郎に行くと、閉店時間ギリギリで間に合った。ニンニクヤサイ。いつも「量多いな、食べられるかなー」って思うんだけど、晩飯であれば並盛のニンニクヤサイくらいは食えるみたい。
帰りの電車はなんか人身事故の関係ですごく混んだ。けど座っていたので苦ではなかった。
空の境界 第六章 忘却録音 感想。
ネットとかで感想見ると影響受けてしまうのでスレとか見る前に。
これは、原作を読んで期待して行った場合、すごく肩透かしをくらうと思う。1時間という時間に収めようとしたせいですんげーいろいろ端折られていて、大事なものが何もなくなってしまっているような気がする。
まず、ゴドーワード、玄霧皐月の存在感がゼロ。
彼と妖精との関わりとか、それゆえの彼の欠陥(記憶に関する云々、外界に対する認識)とかが全然触れられないから、すごい薄っぺらい人間になっている。なぜこんなことをしたかと問われ、その答えが「望んだことを叶えたまで、人間らしく言えば『暇つぶし』」だそうで、それだけだと単なる悪人だろう。
一番大事なところは、誰かが望んだことを、その善悪など関係なく、ただ「叶え」てしまう。理由は「当人がそう望んだから」で、ゴドーワードは何も思わない。「すごく残酷なことをしているのに、まったく罪悪感がない、そんなものを感じられない」ってことだ。純粋とか純朴なのではなくて、何もないんだ。だから事後に刺されて死ぬ。
それが、映画だと「なんかすごいらしい魔術師」で、「言葉で人の認識を操作できる」んだけど、「ただの悪人」に成り下がっている。
また、黄路美沙夜にしても、彼女が皐月を兄だといつのまにか思い込んでいた(実際のところは不明らしい)ということに触れない。かつ、兄に恋慕の情を抱いていたということに触れない。そうすると、兄である幹也に惚れてしまっている鮮花との対比にならないし、彼女に偽(?)の認識を植えつけたゴドーワードの残酷さが際立たない。
バベル云々の薀蓄とか、葉山英雄が礼園の援助交際を先導していたとか、自殺した橘佳織が妊娠していたとか、そういう端折ってもいいとこもあるだろうけど。
もちろん、それらを投げ打ってまで表現したいことがあり、それが実現されていればいうことはないのかもしれない。この章で「表現したいこと」とは、間違いなく「黒桐鮮花」その人なんだろうけど、その魅力が伝えきれているかといったら、そうは思わない。
最後に明かされる、鮮花がどうして幹也を好きになったかという理由も、小説で読むとなんかこころに落ちてくるものがあるのに、なぜか映像で流されると???となる気がする。
小説読み返してみると、やっぱり全部のキャラが薄くなってしまっているなぁと思う。残念。
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追:原作を読んでいるから物足りなく感じるのは当然。「原作を知らなかったと仮定したら、話はちゃんとおもしろくできているか?」を、2回目見るときには確認したい。
(;^ω^)でも一回目のときも、原作からの先入観を取り除いて見ようとは試みたつもりなんだけどなぁ。
追追:一部修正。




